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歴史的思考力を一過性でなく継続的に身につける方法

世界史要旨把握2中世ヨーロッパ史(2)ゲルマン人の移動

今回の参考資料・引用元は

山川出版社発行の教科書『世界史探究 詳説世界史』2022年検定済23年発行

P92(6行目)~P93(17行目)「ゲルマン人の移動とイスラーム勢力の侵入」

https://new-textbook.yamakawa.co.jp/w-history

 

冒頭文で時代の前後を特定する

最初の第一段落が冒頭部分です。

ヨーロッパには、前6世紀頃からケルト人が広く住み着いていた。

バルト海沿岸を原住地とするゲルマン人は、ケルト人を西に圧迫しながら勢力を拡大し、紀元前後頃にはローマ帝国と境を接するようになった。

先住民がケルト人で、そこに東からゲルマン人が移動し紀元前後(2000年前)にはローマ帝国のお隣さんになったというわけです。

ローマとの国境といっても、バリケードがあるわけではないので(長城を築いた地域もあったが)ゲルマン人は移動しようと思えば移動できました。
ただ、ゲルマン人とローマ人とでは、文化が違います。

生活習慣は違うし、宗教が違うし、考え方も違います。
家族単位の小移動だとローマ人からよそ者扱いされ、言葉も通じないし、無理ですね。
部族単位の大移動を試みようにも、ローマ帝国の軍隊は強いです。
戦闘に勝ったとしても、その後の統治が大変です。

すぐには移動できませんでした。
ローマ帝国の出城を襲ったりローマ人の村を略奪するのが精一杯で、そのたびにローマ軍が出動してきて圧倒されました。(カエサルガリア遠征など)

 

本文の要旨を把握する

繰り返し出てくる言葉を抜き出します。固有名詞や歴史用語も( )付きで示します。
第二段落から第五段落まで、段落別に抜き出し出てくる順に並べます。
(第一段落は、冒頭段落)

ゲルマン人 小 部族 (ローマ) 帝国 傭兵 内 移住 王 大 

(フン)人 (ドン)川 西 東(ゴート)人 西(ゴート)人 圧迫     (375)年 (ドナウ)川 移動 (ガリア)(イベリア)半島 建国    (ヴァンダル)人 (ブルグンド)人 (フランク)人 (アングロ=サクソン)人 渡る 七 王国

アッティラ)王 (カタラウヌム) 西(ローマ)帝国 (オドアケル) 滅ぶ (ビザンツ)帝国 (イタリア)半島 (568)年 (ランゴバルド)王国

イスラーム勢力 (711年)

非常に豊富な内容ですね。これだけでうんざりする人も多いのではないでしょうか。
固有名詞や歴史用語がいかに本文の要旨の理解を妨げているかが、よく分かります。
( )内の語は、脇に置いて考えたほうがいいでしょう。
ゲルマン人イスラーム勢力の2語は、タイトルにあるので含めます。

<第二段落>

ゲルマン人 小 部族 (ローマ) 帝国 傭兵 内 移住 王 大 

語をまとめると、ゲルマン人はかつて小部族に分かれていたと。
ローマ帝国内には平和的に移住していたとあります。

ゲルマン人の側から見れば、すぐ隣りにあるローマ帝国はとても栄えています。
働き口も多いだろうし豊かな文化も享受できるとあれば、皆行きたがると思います。
「都会に行きたい」「アメリカに行きたい」「東京に行きたい」というわけです。

ただ文化が違うのでローマ人と対等な存在としては受け入れられず、ローマ市民(つまり貴族)に従属するような立場になるほかなかったのです。
その中でゲルマン人の強みを生かすものがありました、それが傭兵です。
ゲルマン人は戦闘部族として有名でした。(ハングリー精神の表れか?)
もちろん出世しても隊長止まりで、将軍にはなれませんでした。

やがてゲルマン人社会では小部族の統合があり、次第に大部族・王国へと成長します。

<第三段落>

(フン)人 (ドン)川 西 東(ゴート)人 西(ゴート)人 圧迫     (375)年 (ドナウ)川 移動 (ガリア)(イベリア)半島 建国    (ヴァンダル)人 (ブルグンド)人 (フランク)人 (アングロ=サクソン)人 渡る 七 王国

いよいよ大移動スタートです。
大部族になったものが数個あります。それらが東からの圧迫により押されて、西に移動します。構図としてはとても分かりやすい、玉突き状態です。

部族やローマ帝国との住み分けは、自然の大河によってなされていました。
だから、移動スタートもとても分かりやすい状況です。
「大部族が大挙して一斉に川を渡る」
とんでもなく衝撃的な光景ですね。ローマ人は大きな恐怖に襲われたことでしょう。
スタートの年号が明確なのも、こういう状況だったからです。

小部族と大部族とでは、人数が桁違いです。
正確な人数は不明ですが、一般に小部族というと数百人、大部族というと数千人といいます。
まさに数の力。
戦闘が起こらなくても、一挙に大人数が押し寄せます。
ローマ帝国内はもちろん大混乱でしょうが、ゲルマン人同士でも他の大部族が押し寄せてきたら「受け入れ不可能。略奪される。逃げろ」というふうになります。

移動した先で建国するというのは、行った先のローマ帝国というのは政治的に超発達していた国です。
大部族の統治者はもちろんその政治制度を学び、参考にして統治に利用したわけです。
行った先にはローマ人の先住民がいます。ローマ帝国に似た政治をすることで、先住民に許容される(しょうがないな…逆らえないしという消極的な)確率も高まります。

半島という語が出てきますが、半島の先は海なのでつまりそこで行き止まり。そこに建国するわけです。

<第四段落>

アッティラ)王 (カタラウヌム) 西(ローマ)帝国 (オドアケル) 滅ぶ (ビザンツ)帝国 (イタリア)半島 (568)年 (ランゴバルド)王国

滅んだのは、西ローマ帝国でした。
当時ローマ帝国は、東半部と西半部に分裂していました。その西半部が滅んでしまいました。
ゲルマン人大部族の主な移動先が、この西ローマ帝国内だったからです。
国の中に国がある状態になったので統治能力を失いましたが、皇帝の地位は百年くらい続き、やがて廃されました。

東ローマ帝国ビザンツ帝国)は、偶然の結果、存続しました。
ゲルマン人の大部族たちが、東から圧迫されたので西に移動した結果です。
ただ最初に大移動した西ゴート人は南に移動しビザンツ帝国内に入ったのですが、説得されて西に移動しました。
説得って、いったいどういう内容だったのでしょうね?
「こちらに来ても山がちで平地が少ないよ、あちらに行くと平地がいっぱいあるよ」
みたいな自然地形の説明だったのかもしれません。

<第五段落>

イスラーム勢力 (711年)

こちらは数万人規模です。

規模だけでなく、キリスト教とまさに対立する宗教軍団です。
これ以降の長い1300年間に及ぶ、キリスト教イスラーム教の対立抗争の始まりです。

そしてイベリア半島の先住民にとっては、「国土回復運動」の始まりです。
この運動が激化し、イスラーム勢力を追い出した後、勢い余って世界じゅうに飛び出していく大航海時代となります。

 

余裕があれば歴史的思考で世界史探究

小 帝国 傭兵 移住 王 大 人 川 西 東 移動 半島 建国 七 王国 

滅ぶ イスラーム 年

歴史的思考をするには、じゅうぶんな前提知識が欠かせません。
世界史を初めて学習するような人には、歴史的思考は無理です。
もし可能だとすれば、授業を担当する教師の適切な導きや、解説本が必要です。
教科書に載っているような「ヒント」「問い」は、果たして的を射た歴史的思考なのかどうかちょっと疑問です。
少なくとも、歴史の要点から抜き出した言葉から思考を広げる必要があると思います。

ここに列挙した言葉たちは、ブログ主の私の独断と偏見で選んだものです。
反対語や対照語、関連語が容易に思い浮かぶ言葉たちです。
一部は、この中にすでに反対語や対照語がありますね。

「小」⇔「大」 「移住」⇔「移動」 「帝国」⇔「王国」
「西」⇔「東」 「建国」⇔「滅ぶ」 
あとは
「傭兵」といえば、正規兵や国民兵と比較される。
「〇〇人」というのが多数ある。
〇〇川」というのも、複数ある。
「半島」は、なぜ「半」なのか?
イスラーム(教)」といえば、キリスト教、仏教、ユダヤ教
「〇〇年」も、いくつかある。

 

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